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2004年4月17日

イラク邦人拉致事件

昨日、町田でラーメンをすすっている時に、イラクで拉致されていた日本人3人が開放されたと言うニュースを聞いた。
無事開放されて良かった。というのが、日本人ほとんどの人の反応だろう。

今日、夜ニュースでたまたま、開放された日本人がイラクに残ると言っている事で、問題になっていると言うのを見た。
このニュースを見た時、俺は俺自身のヨット事故を思い出した。
俺は、かつてのヨットの事故で溺水した時に、一瞬にして意識が無くなり、一旦はもうろうと意識を取り戻したが、すぐに麻酔をうたれ、その後、3日間は全く記憶が無い、という経験をした事がある。
正直な所、溺水した時は一瞬の出来事で、それほど苦しかったわけでもない。それで、意識を取り戻して命が助かった事を確認した後、すぐに3日間の眠りについた。
実際、その3日間というのは、医者から、50代の人間ならもう既に命は無い、俺の命は助からないかも知れない、助かったとしても障害が残るかもしれない等と宣告され、回りの人間にとってはとても心配な、居ても立っても居られないような状況だったのだが、眠っていた俺はそんな状況を知る由もなかった。
そんな事があって、目が醒めた後、俺自身、その場の状況から、大変な迷惑を掛けたという事は推測できたが、それがどの程度のものなのか、俺が目覚めたのを喜んでくれている皆が、この3日間どのような思いで俺の事を心配していたのかということについては、全く分からなかった。
そうして、俺が、徐々に元気になるにつれ、その3日間に心配を掛けた人の思いを無駄にするような自分勝手な発言をしてしまうことがあり、親、親戚等に怒られ、非常に恥ずかしい思いをした事がある。

今回のイラク邦人拉致事件で問題になっているのはまさしく、心配を掛けた人の思いを考えない自分勝手な発言である。心配する立場からすれば「どれだけ心配したと思っているんだ、どれだけ回りの人に迷惑を掛けたと思っているんだ」と言うのが当り前である。
しかし、心配された立場からいえば「そんなに心配してるなんてしらないし、俺の事なんかほっとけよ、別に俺の命は俺の自由だろう」という意見かも知れない。確かに、自分の命なのだから、自分の好きなようにすれば良いなどと思う人も居るかも知れないが、自分という存在は、(普段は気づかない事が多いかも知れないが)多くの回りの人々の支えや、気遣いがあるからこそだ。自分の命は、すなわち回りの人間があってこその存在でもある。
心配をかける事は罪だろうか?それは違う。だけども、心配をしてもらう事に感謝する気持ち、心配をかけたという相手を気遣う気持ちを無くしては、心配をかけた人の気持ちを無駄にする事になる。

ま、そういった感情を抜きにしても、今回の事件では国が救出のために動いているので、外交という面でみても自分勝手な発言は許されるものではないだろう。小泉さんが怒るのも分かる。

Posted by shogo at 2004年4月17日 03:52

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Comments

この手のニュースについてはいろいろ思うところがあるけれど、一番疑問なのは拉致した側をどうこうしようという話があんまりでてこないこと。解放されればそれでいいのかね?北朝鮮の問題も、解放されたらそれで終わりになっちゃうのかな。うーん。

Posted by: truego at 2004年4月24日 17:32

確かにそうですね。
拉致を認めてる時点で国際裁判とかにかけられないのかな?
悪い事したもの勝ちってのはどうもイヤな感じですよね。

Posted by: shogo at 2004年4月26日 07:32

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