« 桂田家、訪淵 | Main | KILLBILL »

2003年10月22日

桂田家、訪淵 その2

前の晩、家族が寝静まった後、朝の4時ぐらいまでPCに向かっていた俺は、気が付けば布団も引かず床の上に横たわっていた。
朝の八時に目が覚め、おかんが、朝ご飯を作ってくれてたので、普段めったに口にしない朝食を食べた。家族と東京タワーに出かける前になんとかやりかけの仕事を終わらせたかったので、朝食後、俺は急いで机に向かった。滋賀の田舎から出てきた親とおばあちゃんは大学を見に行きたいと言い出したのだが、その日はもちろん平日で、朝のこの時間帯は1限の授業に出る学生で大学構内はごった返している、そんな中、年寄り3人組を連れて構内を歩くのは恥ずかしいし、いつ知り合いに会うかわからいないので、俺が机に向かってる間、弟と行ってもらう事にした。
1時間ほどすると、大学見学から家族が帰ってきた。俺も作業を終え東京タワーに行く準備ができたので、急いで車に乗り込んだ。
俺は、大学入学と同時にこっちで生活しはじめ、今年でかれこれ6年目になる。入学した年はうれしがっていろんなところに観光に行ったけれど、半年もすれば、学校、海、以外のどこにも行かなくなっていたし、行きたいとも思わなくなった。東京タワーは当時の俺の、行きたい場所に入っていたけれども、まだ俺も若くてお台場とかに憧れた時期だったので、後回しになり、実は一度も行った事がなかったのだ。なので、東京タワー観光は滋賀の田舎者並みに楽しみにしていた。
弟のビックホーンに6人が乗り込み(一人は後ろの荷台)1時間半ほど車に揺られると、六本木ヒルズの前を過ぎ東京タワーに到着した。途中青学の青山キャンパスの裏を通り過ぎ、あの辺りの雑然とした町並みをウインドウ越しに眺めながら、こんなとこで一生住むのは絶対嫌だなと確認できただけでも、就職活動を控えた俺には価値があった。
地下の駐車場に車をとめて、東京タワーの前まで歩いて向かったのだが、今まで遠くからは何度か見た事がある東京タワーも、近くで見ると驚くほどでかい。
DSCN4536.JPG DSCN4538.JPG
で、意外にお金がかかるのにびっくりした。昔、ここに来てても上までのぼんなかったかもな。
DSCN4539.JPG DSCN4554.JPG
東京都下の風景は、いつ見てもごみごみしていて、嫌いだ。東京タワーから見下ろすと、お墓が多い事に気付く。東京タワーの回りには、ビルに囲まれた墓地がいくつもあった。
地上150mの喫茶店で、休憩した後、歩いて下までおりられると言う看板を見つけた俺は、無性に歩きたくなったので、一人600段の階段を下りる事にした。
そこそこ時間がかかるかと思ったけれど、下まではすぐだった。階段で下りる通路は、金網越しに東京タワーの電力(と思われる)ケーブルが見えているので、悪人がその気になれば簡単に東京タワーの機能を停止する事が出来るんじゃないのかと、東京タワーが停止した時の事を想像していたら、あっという間に下までたどり着いた。セキュリティの甘さにちょっとびっくりした。
下では、エレベータで先に降りていた弟たちが遊んでいるのが見えた。いい大人が幼児用の乗り物に乗ってはしゃいでいたので、俺も弟と一緒に機関車トーマスの乗り物に乗ってみた。乗ってみると実はちょっと楽しかったりして、意外に侮れないな、と思ったりもした。
その後、一番下の階まで下りると、なぜか井関農機のトラクターが展示してあるのに気付いた。
DSCN4571.JPG DSCN4570.JPG
うちの実家は井関農機の機械を販売しているので、何かちょっとだけうれしくなった。見なれたトラクターなのに、家族で記念撮影しまくってしまった。東京タワーにトラクター、なんともミスマッチな気がするのだけど、なんでこんなところに井関農機の展示がしてあるのだろう?未だに不思議だ。
昼も近付き、おなかも減ったので、家族で浅草に行ってそこで飯でも食べようという事になった。浅草までは渋滞してたので時間がかかったが、浅草が近付と、なんだかおばあちゃんがうれしそうな顔をしているのが分かった。俺は全然知らないのだけど、NHKの朝の連続ドラマの「こころ」の舞台がどうやら浅草らしいのだ。
平日にも関わらず浅草の雷門の前は、すごい数の観光客だった。その日の夜は熱海のホテルに泊まる事が決まっていた年寄り三人組は、実はそんなに時間に余裕があるわけでもなかったので、仲見世の通りを急ぎ気味に歩いて、途中、脇の寿司屋で昼食をとった。再び、観光客のごった返した仲見世を通って浅草寺にたどり着き一通りお参りをすませたあと、おみくじを引く事になった。
俺は大吉だったのだけど、おやじと一番下の弟は凶だった。凶って見るのも久しぶりだったしそんなに見た事もなかったので親子そろっての運の悪さに、感心していいのやら悪いのやら。納得のいかない弟は、もう一度引くといって、一人おみくじ売り場に戻って行った。再び雷門の方へ戻りかけていた俺たちに、弟が追い付いたのでおみくじを見せてもらった。
DSCN4589.JPG
俺は目を疑った。こんな事ってあるのか。家族でトータル3/4の確率で凶が出るなんて。納得のいかない弟はもう一度おみくじをひいて、今度は、吉を出していた。もう一回凶がでたら面白かったのに。
ちょっとのんびり過ごしたので、そろそろ年寄り3人組が熱海に行ってホテルにチェックインしなければいけない事を考えると、急がなければならない時間になった。
3、4年前に亡くなったおじいちゃんと浅草に来た時の事をしゃべりながら、仲見世通りの裏道を歩き駐車場へ戻った。
急いで車に乗り込み、淵野辺の家へ向かった。帰り道はほぼ順調に進んでいたのだけど、唯一東名横浜町田インターのあたりでひどい渋滞が起きていた。その日の夕方に、大学に行かなければならなかった俺は、間に合わないかもとかなり焦っていたが、20分ほどの渋滞を抜けると、順調に動き出し、時間前に家にたどり着く事ができた。
家に着くと、俺は急いで学校に行く準備をしに部屋へ駆け込んだ。必要と思われるものを手当りしだい鞄に詰め込んで家を出ようとした瞬間、おばあちゃん、おやじ、おかんが家の前の草むしりをしてるではないか。確かに、全く手入れをしていなかったので雑草が生え放題だったけれども、主賓のおばあちゃんがそんな事しなくてもいいのにと思いつつも急いでたので、後でやっておくから、年寄り3人組は熱海に行く用意でもしててよ。と一言いって学校へ向かった。かなり、愛想のない別れ方だったけど、ま、こんなもんだ。こんな感じで、桂田一家の訪淵の旅は終わりをむかえたのだった。

家に帰ると、家の前の雑草はきれいに草むしりされて、雑草の入ったゴミ袋が2つ玄関の前においてあった。

Posted by shogo at 2003年10月22日 09:26

Trackback Pings

TrackBack URL for this entry:
http://shogokatsurada.dyndns.org/~shogo/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/2

Comments

写真、拝見させてもらったよ。
ってかヒゲ剃れよ。就職活動を控える学生には
全然見えないぜ。

うちの弟がプレゼントした会社の薬が
大変効くといっておばあちゃんはニコニコ顔でしたよ。

Posted by: 海歩人 at 2003年11月 5日 21:36

Post a comment




Remember Me?