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2003年8月26日
スティーブ・プリフォンテーン、祖父、世界陸上
世界陸上で、為末の予選敗退が決まったそのすぐ後、俺は、映画「ラスト・リミッツ 栄光なきアスリート」を見ていた。
この映画は、オリンピックで金メダル確実視されながら事故に散った、スティーブ・プリフォンテーンのノンフィクションだ。プリフォンテーンの若さがコーチのビル・バウワーマンの言葉を理解させずにぶつかりあいながらも、観客の記憶に残るレースをする姿にいろいろ考えさせられた。コーチのビルはスポーツブランド、ナイキの創立者の一人でもある。なかなか、いい映画だった。
今回の世界陸上でも毎日様々なドラマが生まれている。世界陸上を見ながら、先日亡くなった祖父の事を思い出した。
祖父が亡くなるまで、俺は今まで身近な人間の死という状況に対面した事もなく、近くで死体を見たのも祖父のが初めてだった。祖父のなきがらを見たときは涙が堪えられなかったが、祖父のなきがらそのものは人形のように思えた。そこに愛着のある祖父がいるとは思えなかった、変わり果てた祖父をみて思い出をを思い出した瞬間、涙が溢れたのだった。
そのとき、人は死ぬとものになる、人間の肉体は人の一部だけど肉体だけなら単なる物体だ、と思った。じゃあ、何が人間を人とするのだろうと考えたときに、俺は、俺が祖父を祖父として認識してたのは、祖父の振る舞いや、行動であり、言葉だったのだという事に気付いた。
そんな事を思い出しながら、世界陸上でおこる数々のドラマ、プリフォンテーンの映画をみて、人の行いは全てが周りの人の記憶となり、人が真剣に何かをすればそれは全てドラマになるのだと思った。人は人の記憶、ドラマを作るために生きているんだろう。
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Posted by shogo at 2003年8月26日 22:41